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比企 能員


  ひき   よしかず
比企 能員 (?​~1203年) 

 

比企能員 

 

源頼朝の乳母・比企尼の養子で、この縁から頼朝の挙兵に従い信任を得ました。源頼家が誕生すると、能員の妻や、比企尼の娘が乳母に選ばれました。また頼家は、能員の娘・若狭局を妻としたことから、比企一族を頼りました。一方で、頼家の祖父にあたる北条時政は、頼家が病で危篤となると、頼家の息子・一幡(いちまん)と頼家の弟・千幡 (せんまん・のちの実朝)に頼家が就いていた役職などを分割譲与することを定めました。これを知った頼家は、能員に時政の追討を相談しましたが、時政は能員を自邸へ招き、殺害します。比企一族は、北条義時らの軍に攻め込まれ、自害しました。なお、大変美しいと評判であった北条義時の妻・姫の前は、能員の姪にあたり、この乱を期に義時と離別したと考えられています。

 

ゆかりの地

 

大倉幕府跡​
大倉幕府跡

鎌倉市雪ノ下3丁目

 

妙本寺
妙本寺

​​鎌倉市大町1-15-1​

 

 

 

▼そのほかの重臣たち
北条 義時
北条義時

北条 時政​
北条時政

安達 盛長
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梶原 景時​
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三浦 義澄​
三浦義澄

和田 義盛
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足立 遠元
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八田 知家
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中原 親能
中原親能

大江 広元
大江広元

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三善康信
二階堂 行政​
二階堂行政

 

 

 

 

 

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