乱橋​

乱橋​
乱橋​

妙長寺を出て海岸方面に少し行ったところにある長さ1メートルばかりの橋で「濫橋」とも書きます。材木座の北東から西へ流れる滑川に注いでいる小川にかかる石橋です。橋が短いうえに道路とともに舗装されているので、うっかりすると見落としてしまいそうですが、橋のたもとに建てられている史跡案内の石碑が目じるしです。
橋の名の由来は、新田義貞の軍勢が鎌倉へ攻め入ったとき、幕府の防御線がこの橋のあたりで崩れて乱れ始めたので、乱橋と呼ぶようになったと一般的には言われていますが、『吾妻鏡』には新田義貞の鎌倉攻めより前の1248年(宝治2年)に濫橋の名が出ており、滑川の支流の氾濫が由来ともいわれます。

基本情報