寿福寺
エリア: 鎌倉駅周辺
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1200(正治2)年、源頼朝の妻・北条政子が頼朝の死後、
頼朝の父である義朝の旧邸跡に明庵栄西を招いて創建した寺で13世紀後半になって禅宗の寺院となりました。
本尊は釈迦如来坐像。
その脇には大きな仁王の像があります。
鎌倉五山の第三位。
三代将軍実朝もしばしば訪れ、最盛期には十数か所の塔頭を擁する大寺であったといいます。
山門から石畳の参道が中門まで続いており、現在は中門の手前まで拝観できます。
栄西は二度も中国(宋)に渡った比叡山の高名な僧ですが、禅密兼修の立場から中国で学んだ禅を広めようとして
天台宗の比叡山延暦寺から圧力を受け、59歳で鎌倉に来た栄西を、源頼家や北条政子、その子源実朝は歓迎しました。
栄西は日本に茶の文化を広めたことでも有名で、栄西が書いた『喫茶養生記』という本が寺の宝物になっています。
山門前から左の小径を登ると墓地があり、明治時代の外務大臣の陸奥宗光 、俳人の高浜虚子 、
作家の大佛次郎などの墓があります。
墓地の山側にはやぐら(※1)が二つ並び、一つは政子、一つはその子源実朝の墓だといわれています。
中にはともに供養の五輪塔があります。
実朝のやぐらには唐草のような模様が見られるので、「からくさやぐら」とか「絵かきやぐら」といわれます。
※1 仏堂または供養、埋葬の場として中世に造られた石窟
【亀谷山寿福金剛禅寺】
国指定史跡
鎌倉市指定有形文化財(建造物)
鎌倉市指定天然記念物
鎌倉三十三観音第24番
鎌倉二十四地蔵第18番